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応接室には、沼波弄山の「古萬古」が展示してあります。是非一度お立ち寄りください。


萬古焼の紹介

古萬古

古萬古およそ240年前、江戸時代の中期に桑名の沼波弄山が朝日町小向村に窯を造り、名谷山の土を用いて茶道具を作り始めたのが始まりと言われています。沼波弄山の作品を特に古萬古といいます。古萬古の陶法は、京焼の乾山から流れをくんでおり、異国通であった弄山らしさがよく表現されています。図柄は植物や龍の他、当時にしては珍しいライオンなどの動物が描かれています。その出来栄えは、高く評価されています。


有節萬古

弄山の後、森有節、千秋の兄弟らが朝日町小向に窯を築き、焼いたものが有節萬古と呼ばれています。弄山の子萬古とは異なり、有節独自が開発した釉薬による鮮やかなピンク色が特徴です。四日市萬古や桑名萬古はこの有節萬古から流れを組んでいます。

(四日市)明治萬古

幕末から明治にかけ、山中忠左衛門が水害によって困窮した人々を救済するため、萬古焼を四日市の地場産業として発展させようとしました。白土を原料にした紙の様に薄い手びねりの焼物で、海外を意識したデザインが特徴的です。

大正萬古

四日市における陶磁器工業が伸び悩んだ頃、水谷寅次郎が半磁器を完成させました。これは大正焼と呼ばれ、黄濁色の非常にこわれやすいものでしたが、燃料費の節約ができることもあって、当時、非常に人気がでました。また、機械化がすすみ、四日市における陶磁器工業の発展への大きな足がかりとなりました。

四日市萬古焼

花新たな四日市港が造られた後、萬古焼は国内・海外へと広がるようになりました。第二次世界大戦後の荒廃時でも、当時の萬古焼業者達の努力のおかげで戦前以上の発展をしました。長い伝統と歴史の中で、四日市は日本屈指の陶産地となりました。

萬古まつり

萬古神社周辺で昭和38年から毎年行われている祭りです。約70店もの露店が軒を並べており、大変な人気を呼んでいます。

開催日:5月第2土,日曜日
場所:四日市市陶栄町3 萬古神社周辺

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